ドレスデンで1週間の研究会があった。Stochastic thermodynamics :Experiment and theoryという題名で、ゆらぎの定理からの発展に関わってきた研究者が集まった。特に、50歳以上の古株に加えて、40才以下の新しい研究者がでてきたのが特徴かもしれない。4人いる組織委員は、実験ふたりは60才以上だが、理論ふたりが40才以下というのが象徴的かもしれない。

 

内容的には、「ゆらぎの定理」に代表される「第2法則を一般化した等式」から、「熱力学的不確定性関係」に代表される「第2法則より強い普遍的な不等式」へという流れが目立った。ただし、それも既に「応用」(特に、生物物理への応用)を見据えたものになっている。Stochastic thermodynamics の後継のもう一つの大きな流れとして量子熱力学があって、これは量子情報理論との関係もあって勢いよく研究されているが、今回の研究会ではそういう講演はほとんどなかった。(量子熱力学という言葉がタイトルにある講演はいくつかあったが。。)

 

招待講演では、25分講演+5分議論なのに、25分の中に色々な研究結果を「ごった煮」的に組むのが多かった。ひとつの講演としてなるほどとうなったのは、クリスの講演と関本さんの講演だった。クリスは第2法則を破る確率をある普遍的な不等式で抑え、その不等式の等号部分を漸近的に満たす系が存在することをいう。前半は僕もノートに書いたことがある簡単なものだが、後半は全く想像してなかったし、僕はまだ理解できていない。関本さんは、系と環境の切り分けが時間的に変動していく状況を考え、「マルティンゲール」がどのように効くのかを論じた。これは例題として面白く、自分でも手を動かして考えてみたい。(個人的には、マルティンゲールの話と詳細つりあいが交錯している部分に強く興味を惹かれた。関本さんは強調してなかったけど。)ふたりともメッセージをシンプルにしつつ、研究として明快で新しい結果があって、また、それぞれ他人にはない彼らならではの味もある。そういう講演は気持ちがいい。

 

他にも学んだことはいくつかある。講演やポスターで新しい研究成果を素早く知る、というのは研究会のスタンダードかもしれない。しかし、全体的には「刺激的に盛り上がる感じ」とは程遠い。大きな流れとしてある、基礎から応用への展開への動機がパッシブで(=「そうでないとポジションとれない;グラントとれない」という雰囲気)、展開に勢いがないように僕が感じたせいかもしれない。社会的状況は全くそのとおりで、色々な具体例で知った。そういう適応も大事だし、成功して繋いでいてくのも大事だけど、もうすこし研究の内面から踏み込んだ発展を見たいとも思う。これは他人事でなく、僕自身が生物物理的現象を含む様々な非平衡現象への展開に興味をもちつつも、事実上何もしていない、という状況を変えないとなぁ、と思っている。ただ、強く関心をいだく基礎的な諸問題があって、その解決への試行錯誤に時間を費やしているので、そこまで余裕がないのは事実なので、どこまでどのようにできるのか・・不透明だけど。

 

僕の講演は、Stochastic Order Parameter Dynamics with Energetics (SODE) というセミマクロな模型のクラスを提案し、特別な境界条件(フラックス制御境界条件)での熱伝導相共存の解析を紹介し、その結果として、「平衡条件下の準安定状態の熱伝導による安定化」が生じることを示すのがメインだった。現象はかなりの人に興味をもたれたと思うし、解析は一部の専門家には黒板を使って細部まで丁寧に説明した。会議の多くの話題からは大きく離れているし、こんなことをやっている研究者はそもそもいないのだが、研究会の趣旨にはぴったりだと思っている。

 

この講演、完全書き下ろしで、かつ論文準備中の状態なので、準備も大変だった。特に、一週間前にver.0ができたけど、飛行機関連のトラブル対応やらなにやらでver.1 が土曜日で、結局、飛行機の中でも検討してかなり構成をいじった。結局、リハーサルをしたのは月曜の夜で、少しオーバーしたので、どこを喋らないかという検討を火曜日の朝(5時くらい)からした。何とかぎりぎり間に合った。発表は概ね想定どおりだが、ハイライト近くでひな壇から落ちてしまい、もっとも肝心な部分の説明(理論が実験ときちんとあっている)が消えたかもしれない・・。スライドには書いていたのだが。ちょっと悔やまれる。ひな壇は高くないので、何がおこっているのかわからなくて、僕が単に「うぁー」というプレゼンだと思った人もいたらしい。