火曜日

川口さん、さがわさんとの論文が  ここ  に公開された。位置づけ等については、川口さんのtwitter による解説( ここ )を参照するのがよいと思う。僕は著者に名前が入っているものの実質的な寄与は少なく、直接的にはサプルメントにある摂動計算をしたというテクニカルな面の寄与しかない。(また、残念なことに、テクニカルな面は半端なところで終わっており、一番大事なところがまだきちんと攻略できていない。これは僕が情けない。)どちらかというと、お二人の議論をまじかで見ていただけ、という感じかもしれないので、サマリーを僕が書くのは少し違う気もする。しかし、もっとも詳細を知っている評論家のようなモードで、記録を残しておくのもよいだろう。

問題は明快である。「F_1モーターは化学エネルギーをほとんど全て回転に使っているらしい、という(とやべさんたちの)精密な実験結果を説明しろ。」ということである。「無駄なく回転するのが「良い」だろうから生物はそのように進化したんだろう」と想像する。でも、その「良い」って何だが分からない。じゃ、「良い」かどうかおいといて、数理模型の範囲でそのモーターを作ってみろ、という問いを考えると、今度は「そういう数理模型は存在する」ことはすぐに分かる。つまり、徹底的につくりこめばできる。もし進化的にそれが「良い」なら、使えるものは何でもつかって、そのつくりこみ模型に到達した、という理解はありえるかもしれない。この手の「進化の結果」に押し込むのは思考の放棄であり、僕はちっとも嬉しくない。そもそも、そういう進化的描像にたつとしても、物理法則の制限があるので好き勝手はできないし、また、進化というのは履歴を引きずりまくってその場しのぎで何とかやっているうちに思えば遠くにきたもんだ、というタイプの時間発展が基本になっているので、そうそうつくりこみ模型を実現できるものではない。その一方、つくりこまずに、適当に模型を与えると実は全然実験と違うことはすぐに分かる。化学エネルギーをほとんど回転に使うというのは普遍的ではないのである。つまり、生物が使えそうな範囲の工夫で、化学エネルギーをほとんど回転に使う機構は何か、というのが問題の核心である。

この論文では、驚くべき提案をしている。「ATPがF_1にバインドするときγの位置に影響しない」と仮定する。つくりこみの反対のような話であり、図1のような絵的描像で簡単にかけるので、これくらいなら生物だってできるだろう。(tight-biding やlocal detailed balance は基本原則として仮定している。)実際、この描像では様々な実験結果と矛盾がない。これがどのような意義を持っているのか? 化学エネルギーを無駄なく回転に使うのが「よい」というのを物理の原理として特徴づけよ、という非平衡論王道の問いについては今のところ全く分からない。そうすると、「実験結果と矛盾のないある模型を提案しただけ」に見えるかもしれない。実はそうでない。この提案にもとづいて、わりとF_1の見方をひっくり返すようなことが観測されることを予言している。(page 4 後半)それが観測されれば、提案している描像はおそらくもっともらしいだろうし、生物機械のエネルギー変換の仕組みについてゼロから考え直す必要があるかもしれない。もしこの予言がはずれていると、提案もろとも敗北であり、何かしらんが生物はもっと巧妙な仕組みを使っていて、生物/進化は凄いなぁ〜ということになる。どっちにしても結果が楽しみである。つまり、きわめて健全で非自明で建設的な提案をしていることになっている。科学の営みとして実に面白いと思う。