火曜日

落ち着け。時間と仕事量を冷静にみたら十分な時間があるのに、あせってから回りして、時間がなくなっていってるぞ。もともと不器用なたちが顔をだしてきやがった。というので、基本的にはダメダメの日なんだが、大学運営上も自分にとっても重要な仕事をひとつした。

僕は、今、大学生や大学院生を教育しながら、研究をする仕事についているが、たまたま偶然が重なったからにすぎない。そういう職業があることすら感覚として理解してなかった。博士とは御茶ノ水博士であり、漫画の世界だった。(父は小学校を途中でやめたし、母は中学校でやめたので、高等教育そのものが実感としてなく、僕も13歳くらいまでは、中学をでて働くことを念頭においていた。高校でなく大学にいきたいと思うようになって、「大学にいかせてくれ」と父を説得したつもり。)大学教員に至った偶然の重なりの諸々は省略するけれど、そのひとつひとつが今から思っても凄く意味があった。だから、僕は色々なイベントに対して過剰なまでに意味をみてしまうのかもしれない。

とくに「普段とは違う事象」が生じたときは、(たとえ短期的に消耗することでも)チャンスだと思いたい。もちろん、僕は、基本的な属性が保守的なので、普段と違うことがおこると、(革新的な人のように)ワクワクすることなく、しんどいと思ってしまう。ときとして、大きな負荷になってしまうこともある。それでも、長期的にみたときに、それがないときには全く想像しえなかった道を生むことを知っている。だからチャンスなんだ。そのチャンスを生かせるかどうか....、そういうときだと思いたい。